憩子’s SALON オーナーのご紹介

阿部景衣子

Keiko Abe

オーナー兼セラピスト

1997年9月

オーストラリア クイーンズランド州 ゴールドコースト市へ移住

移住と同時期に現地法人 GrowBranchPty.Ltd設立

日本在住の時から研究していた皮層生理学、皮層理論の更なる研究、実験を行う

1998年2月

プロゴルファーを目指す若者の育成のために GCゴルフ塾開校

ゴールドコースト郊外のゲインズボロウゴルフコースと提携を行い、コースラウンド、プロの レッスンなどを組み入れた育成事業を開始 

1999年1月

提携ゴルフ場をゴールドコースト市内のパラダイススプリングスゴルフ場(現、ザ・コロニアルG、G)へ移転して規模を拡大する(JPGAプロの「すし石垣選手」などもシーズンオフなどにGCゴルフ塾のトレーニングコースに参加し、オーストラリアのプロテストなども受験していた)

2000年8月

これまで研究していた皮層生理学、皮膚理論をもとにRegeneration Skincare法が誕生し、本格的にエステサロン開業の準備を開始する

2001年4月

ゴールドコースト中心地に位置するWater mark Hotel内にエステサロン「オーシャン・ドリーム」 をオープン。同ホテルの開業と同時に日本最大手エステ企業が初の海外出店をしたが、採算に乗らず、開店から2年で撤退した、180平方メートルの施設を引き継ぎ運営を開始する。

2003年3月 エステ事業拡張に伴い、ゴルフ関連事業を閉鎖。
2003年6月 オーストアリアの日本人対象に発行されている日豪プレス(月刊誌)から美容コラムの掲載依頼があり長期にわたり掲載。その間、日本の雑誌社からの取材なども多数あり。
2003年11月 同ホテル内でサロン面積330m²に拡張し、本格的なDayspaとして運営拡大をする。
2006年4月 Water mark Hotelとの契約期間満了に付き退店 新規店舗の模索と化粧品販売等の販路拡大に向けて営業活動を行う
2006年8月

同年、これまでのビジネス実績が認められ、クイーンズランド州政府のスポンサーによるエステ業界では初めて(エステ関連事業は永住権取得申請の対象外であった)の永住権を取得する

2008年8月

私的な理由で一時帰国

現在に至る


取材記事

日本での取材

現代画報インタビュー記事より出典

憩子’s SALON のオーナー兼セラピスト

阿部景衣子 Keiko Abe 

「 頑張っている姿を見せることが周囲への恩返しだと思っています 」

27歳で化粧品仕入れ事業を興した後、オーストラリアへ移住。リゾート地、ゴールドコーストで成功を収め、出産を機に帰国。国内でサロンを運営しながら、更なる美肌への研究を重ねる。

独自に開発した技術で、女性の美をサポート

阿部オーナーは若いころから美容への関心が強く、また負けん気も強かったとか。オーストリアに移住してからも人一倍努力を重ね、サロンの運営を軌道に乗せた。しかし、猛突猛進の気概がすぎたために、周囲に迷惑をかけてしまうこともあった。「周囲の支えがあって、好きなことに専念できると気づいた」と振り返るオーナー。

今、オーナーが国内でサロンを運営し、女性の美のサポートに尽力しているのは、これまでお世話になった人への恩返しの意味でもあるのだ。

 


美肌研究の末に生み出した施術で、女性たちの明るい人生を後押し

オーストラリア・ゴールドコーストでサロンを展開し、著名人からも支持されてきた阿部オーナー。

帰国後にサロンをオープンしてからも、たちまち好評を博する。大手フィットネスクラブとの連携により、さらに利用者は増加。

独自に開発した技術と、リラックスできる接客で多くの女性に癒しの空間を提供している。タレントの梶原真弓さんがお話を伺った。


梶原:オーナーが美容の世界に入られたきっかけからお願いします。

阿部:もともと美容に興味を持っており、27歳で起業して海外の化粧品を仕入れていました。

今振り返ってみると、若さだけで突っ走っていましたが、世界一になりたいという思いは人一倍強かったですね(笑)。その後、美容とはまた別のお仕事で声がかかり、オーストラリアへ移住しました。結局事業は頓挫してしまったのですが、このまま日本に帰るわけにはいかないと奮起し、オーストラリアで必要とされていること、自分にできることは何かを追求した結果、やはり美容にたどり着いたのです。


大手サロンが撤退した後の、ゴールドコーストでも最大規模だった場所をご紹介いただけたこともあり、全身の施術メニューを揃えました。とは言えリゾート地でしたから、他店との差別化を図るためにも私は特にフェイシャルに注力。当店にしかない技術を提供しようと、独自にRGフェイシャルという技術を開発したのです。

梶原:どのような技術なのですか。

阿部:ハンドマッサージは少なからず角質層に負担を与えてしまいますから、あえてハンドマッサージを行わず、内側の筋肉を変えることで、肌を生まれ変わらせるというのが最大の特長です。

たまたまサロンに訪れた日本の女優さんが、この施術を大変気に入ってくださいましてね。それがきっかけで著名人の来店が増え、取材も多く受けるようになりました。

RG法についてはこちら

梶原:オーストラリアで確かな成功を収められたのですね。日本に戻られたのは何かきっかけがあったのですか。

阿部:現地での契約期間が切れたことと、二人目の出産を控えていたこともあって帰国しました。しばらくしたらオーストラリアに戻るつもりだったのですが、大手フィットネスクラブから業務提携のお話があり、本格的に国内で事業を続けていく決意をしたのです。

梶原:海外での経験がありましたから、国内でも順調だったのでは?

阿部:いいえ。ゴールドコーストで多少名前が知られていても、国内では全くの 新規参入ですから、苦労も不安もありました。ですが実際にオープンしてみると、オーストラリアでの結果以上のものを残せるようになり、提携先にも喜んでいただけています。

梶原:誰をも満足させる確かな技術をお持ちだということが窺えます。

阿部:施術には自信を持っています。また、スタッフには技術だけでなく、人間性も高めて欲しいと話しています。特に女性は、信頼している人にしか顔を触れられたくないと思うもの。最初の施術は緊張もされますし、我々はお客様の気持ちをリラックスさせられる接客、人柄を磨くことも重要なのですよ。

梶原:技術だけを提供するのではなく、リラックスできるひとときを重視しておられるのですね。

阿部:海外と日本のサロンを経験し、日本ではストレスを抱えている方が多いと感じています。ゴールドコーストは時間がゆったりと流れていて表情の明るい方が多い。リゾート地ということもあって、オーストラリアの中でも特にストレスがなさ過ぎたのかもしれませんが(笑)。

 

一方、日本人はストレスを抱えすぎているようですから、そうしたストレスを少しでも軽減できばと考えています。施術で肌が変わる。女性って不思議、肌が変われば生き方も変わるんです。本当に。

梶原:確かに、肌の調子が良いだけで気分が晴れます(笑)。自信にもつながりますよね。

阿部:目や鼻、口など持って生まれたパーツは基本的には一生変わらないものです。けれど、肌は少しでもきれいになると印象はかなり違ってきますよ。

梶原:美肌へのこだわりが強いオーナーの施術を受けられるとあって、地元の多くの女性に喜ばれるでしょう。改めてこれまでを振り返ってはいかがですか。

阿部:若いころは、自分がやりたいことに向かって、ただひたすらに走ってきました。そのために周囲の方に迷惑をかけてしまうことも……。私は美容、特に美肌の研究に15年間取り組んできましたが、こだわりを貫いてこられたのも、周囲の方々の協力があったからなんです。当店においても、フィットネスクラブから提携のお話を受けた際に今のスタッフと出会えていなかったら実現しなかったと思います。実は決断を迷っていたとき、私の施術を受けて一緒に働きたいと言ってくれたのが彼女たちなんです。子育てとの両立など、不安要素もありましたが、色々と話しをしていくうちに、この人たちとだったらやっていけると確信しました。

 

若い頃はただ必死で周りが見えていませんでしたが、今になってようやく周囲のありがたさを実感しています。だからこそ、これからはお世話になった方々への恩返しをしていきたいのです。

梶原:私も応援しています。本日はありがとうございました。

独自に開発したフェイシャル技術をもって、オーストラリアで成功を収めた阿部オーナー。海外と国内のサロン運営を経験したオーナーは、日本にはストレスを抱えた女性が多いと実感しているという。

 

常に利便性を追求している現代社会だが、皮肉にもそれに比例して精神的ストレスの問題が深刻となっている。オーナーは、これからますます癒しの場所が必要になってくると感じており、施術によって女性が明るい肌を取り戻すことで、明るい生活を送ってもらえるようなサロンを運営理念に掲げた。

 

ストレスが原因でホルモンバランスが乱れると肌にも影響が現れると言われていることから、オーナーは地元の医療従事者と協力し、医学的な視点から美肌づくりの研究に取り組んでいるという。今後、美と癒しを必要とする場所でオーナーの活躍が見られることだろう。


ゲストコメント

梶原真弓(タレント)

 

同じ二児の母として、オーナーとは共感することが多かったです。 オーストラリアで成功を収めたとは言え、さらに国内で育児と事業展開を両立させるのは並大抵のことではなかったと思います。オーストラリアでも、最初は英語が話せなかったというコンプレックスを克服するため、人一倍努力を重ねてこられたとか。 そうした信念の強さが、オーナーの魅力だと感じました。 一層のご活躍をお祈りしています。



オーストラリアでの取材の一部

ゴールドゴースト日豪プレス (日本人向け新聞)取材記事 [20003年3月]


99年に産声を上げた.-「オーシヤン・ドリーム」は、独自のノウハウと斬新なアイデアで成長を続ける"スキン・セラピー"エステ・サロンだ。

わずか4年間で急成長を遂げた同サロンは昨年、店舗面積を約2倍に拡充し、ヘア・サロン「シレーヌ・ブルー」を開設。

さらに、今年6月には待望の日本進出第1号店「オーシヤン・ドリームJAPAN」(東京・八王子)を設立した。

 

同サロンの人気の秘密とは? また、その独自のセラピー法とは何か? オーナーであり、スキン・セラピストでもある阿部景衣子さんに聞いてみた。

 


燦々と降り注ぐ太陽、雨や湿気の少ない過ごしやすい気候…。

ゴールドコーストは「サンシャイン・ステート(太陽の楽園)」と呼ばれるQLD州の人気観光地。しかし、誰もが親しみをを覚えてやまないこの気候と風土が、実は肌に非常に悪いのだと阿部景衣子さんは言う。

 

「この土地には肌にとって最悪のコンディションとなる紫外線、乾燥、硬水という3拍子がそろっているんです」。普通のエステでは結果が出ないこの地だからこそ、本物を追求できると彼女は言う。

 

99年、オーシャン・ドリームを設立。

開店当初は営業もままならず、閑古鳥がなく状態だったという。

しかし、企業戦略よりも技術と質にこだわった経営方針が功を奏す。

そのために必要とされたのが"スキン・セラピスト"の存在だった。

「エステの中で行う洗顔から拭き取りまで、こだわったやり方と、肌に一切ダメージを与えないタッチ・セラピーは他社にはない方法です」。

その細かい肌へのいたわりが顧客のハートをつかんだ。

 

日本はもちろん上海や台湾など、同サロンのエステを体験した観光客から、問い合わせのEメールが殺到するようになった。

それは、帰国後 同じようなサロンに出合うことができなかった人たちの悩みの現れだった。反響が地元の人にまで浸透すると、店舗を拡大しなければ追い付かなかった。

 

 

「たった1時間のセラピーですけども、私たちはクタクタに疲れてしまうほど集中してセラピーを施します。私は経験と努力の積み重ねでここまでやってきましたから、結果がでてくれたことをたいへんうれしく思います」と景衣子さんは言う。

 

しかし、ただ店を広くするのではなく、それを機に、ヘア・サロンを併設することを発案。

日本では、ヘア・サロン内でスキン・セラピーを取り入れることはあるが、同店の場合、全く逆転の発想だったといえる。

その店のオーナーに就任したのがパリ・コレなどで活躍するへア・スタイリスト山口直紀氏。

彼が訪れる時期は常時フル・ブッキングだという。

 

一方、エステ事業部ではスタッフの補充が急務となり、同店独自のノウハウを取り入れたスキン・セラピスト養成コースを開講し、セラピスト育成に励んでいる。

 

景衣子さんは「このコースでは、セラピストとしての技術はもちろんですが社会人としてのマナーなど人間形成の教育に重点を置いているので、たいへん厳しいものになっています」と顔を引き締める。

 

そして、今年、日本の第1号店が誕生した。

それはまさに、観光客からのEメールに形で応えたものといえる。

 

「お客様の口コミで広がったのが こんなに早く結実して本当にありがたいと思っています。その前にお客様への返事がたまっているので 返信しないと(笑)」